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父を偲ぶ

父が90歳6ケ月の生涯を終えた。。

 

昨年12月頭から入院していた病院から転院してわずか3日目のことだった

 

早朝、電話の呼び出し音で飛び起きて、嫌な予感の中、受話器を取ると。。

父が3時に亡くなったと母からの電話だった

 

こういう連絡は弟からだろうと思っていたので意外だった

母がどんな状態で電話をしてきたかと思うとたまらない気持になる

 

病院から電話が来て、弟二人と義妹のAちゃんが病院に駆け付けた時は、もう既に亡くなっていたそうだ

体力が落ちて、自発呼吸ができなくなってしまったらしい

 

前日にカテーテルを入れて、もうしばらくは大丈夫だろうと言われていたのに、急なことでだれも父の最期を看取ってあげられなかったことが悔やまれる

 

今更何を言っても仕方がないのだけれど、転院先の病院の態度が悪すぎる。。と面倒を見ていた下の弟が嘆いていた

おとなしくてめったに人の悪口を言わない彼がそういうのだから、相当酷かったのかもしれない

もう自宅で面倒を見ようと母と話し合い、前日に介護ベッドのレンタルを申し込んだ矢先だったという

 

もっと早い段階で連絡をしてくれることはできなかったのだろうか。。

苦しんで一人で逝った父が気の毒でたまらない

 

でも、後にある人に言われた。。

 

そう思うのは残された人たちの気持ちであって、本人にはわからない

むしろ、苦しんでいる姿を見せたくなかったのではないか

 

確かにそれもあるかもしれない

でも、残された家族は、どこかにその悔しさと悲しみをぶつけたいのだ!

その矛先が病院だった

 

何故もっと早く連絡をくれなかったのか?

苦しんでいるのに気が付かなかったのではないか?

そもそも転院にはリスクが大きすぎたのではないか?

 

 

人間の身体は、死が近くなると食べ物必要としなくなるという

1月の終わりころからの父がそうだった

ほとんど食事を受けつけず、点滴だけが頼りだった

その間に肺炎にかかり、医師から延命処置をどうするかという判断を迫られた

 

家族全員で話し合い、延命処置はせずに自然に逝かせてあげたいという家族の意向を伝えた

 

回復の可能性は40%くらいと言われた中、父は頑張って肺炎を克服した

 

とにかく体力をつけて欲しいと、1日に一度の昼の食事の時間、弟が毎日病院に通い、父に食事を食べさせてくれた

私もその時間に合わせて、お見舞いに。。

私が行ったりすると、父は俄然張り切って、いつも以上に頑張って食べてくれた

でも、その姿は実はすごく辛そうだった。。

 

母が最後に見舞ったときも、父は大きな口を開けてミキサー食のカレーを食べていたという。。

母の前で張り切って食べる姿を見せたかったのだろう

大好きな母の前でいいかっこうをしたかったのだろうね

 

そんな父だから、みんなに苦しむ姿を見せずに逝ったのかもしれない

認知症を患って要介護2の父だったが、元気なころ周りへ気を遣う性格だった父の最後の優しさだったのか。。

 

 

 

父の葬儀は厳かに執り行われた

 

現役を引退して久しい90歳の普通のおじいさんの葬儀とは思えないほど、盛大なものだった

17基の生花が飾られ、200人近い方が弔問に訪れてくださり、生前父がいかに皆様に慕われていたのかがよくわかった

(弟と私は引き出物が足りるかハラハラしてしまった)

 

父が赴任した先の教え子さんたちもたくさんみえて、お別れをしてくださった

 

その中の一人の方が、弔辞を読んでくださった

父が3校目にして初めて担任を持ったクラスの生徒さんだった

 

印象的なエピソードとして、父の結婚式の当日、5人の男子生徒さんが先生の奥さんを見たいと、10劼瞭擦里蠅鯀って自宅まで駆けつけてくれたということ話してくださった

その話は私も何度か聞いたことがあり、葬儀の時の父の思い出コーナーに飾る写真に、その時の写真を偶然にも選んでいた

後にそれを羨ましく思った女子生徒さんたちが自宅に遊びに来て、母の手作りのカレーを御馳走になった、という微笑ましいエピソードも

 

夏の授業では、教室の温度計が30℃を超えると、教室内で「30度!30度!」という大合唱が起こり、父が「それじゃ行くぞ!」とみんなを近くの滝つぼまで連れて行ってくれたのだそうだ

そんなことをしてくれる先生は他にはいなくて、ずいぶん友達に羨ましがられたのだとか

 

家族が知らない職場での父

父は子どもたちに慕われていたいい先生だったんだなって、今更ながら誇らしく感じた

 

本当に真面目で優しい父だった

私の夫なんかは、お義父さんには優しくしてもらった思い出しかない と言っていた

 

生真面目で、一つのことに没頭すると周りが見えなくなったこともあったよね

 

それが初音(うぐいす笛)作り

竹を切って、削って穴をあけ作られた小さな笛

これを朝から晩まで何千個も作り続けた父

 

子どもの頃、この初音が欲しくてたまらなかったのに買ってもらえなかったそうだ

だからたくさん作って多くの人にプレゼントしたかったようだ

 

震災の被災地にも寄付をしていた

 

葬儀の時も、たくさんかごに入れて「ご自由にお持ちください」の札を置いておいた

優しいうぐいすの鳴き声の笛はとても懐かしい響きがする

 

そしてずっと研究し続けた郷土の歴史をまとめた本を、88歳の時に自費出版した

立派なA4版の本は父の宝物だった

 

 

 

バタバタと通夜、葬儀を終えて、心にぽっかり穴が開いてしまったような寂しさに襲われている

 

いつか来るだろうXDayをどのように迎えたらいいのかと心の準備はしていた

心の中でシュミレーションさえ行っていたのだけれど、実際その日はあっけなく訪れてあっという間に去って行った

 

私は大丈夫! 私は大丈夫! と繰り返し言い聞かせる

 

父が入院してから、お見舞いに行くたびにぐっと距離が縮まった気がする

手をさすり、おでこを撫でるみたいなスキンシップなんて、今までしたことがなかった(当然か)

父とツーショットの写真を何枚も撮ったし、動画も撮った

まだ悲しくて見返すことができないけど。。

 

それと、私の周りの人たちの気遣いがとても温かく感じ、嬉しかった

夫はずっと支えてくれたし、子どもたちも私のことをすごく心配してくれた

 

私は大丈夫!

私は元気!

 

母や弟たちのほうが心配だ

なるべく母のそばにいてあげようと思っている

 

納棺の時、父の顔をなでながら、待っててね、また一緒になろうねと話しかけていた母の姿が忘れられない

今は気丈にいろいろな後処理を頑張っている

 

夫と息子が通夜の晩、ずっと父に付き添ってくれた

夫は弟たちをサポートして本当によく動いてくれて感謝している

 

息子もお通夜、納棺、焼き場、告別式。。と一緒に動いてくれて、ことあるごとに「母さん大丈夫?」と声をかけてくれた

Mieちゃんも完全アウェーの中、3日も連続で来てくれて、大きな目から涙を流してくれた

 

娘は最後におじいちゃんのお見舞いに行けなかったことを後悔していた

大丈夫だよ!おじいちゃんはKちゃんが大好きだったから

それに曾孫3人が書いてくれた絵と手紙と共に天国に行けたし

 

 

上の弟は立派に喪主を務めた

何も考えてないみたいに見える長男が、実はしっかりいろいろなことを考えていたことがよくわかった

 

二番目の弟には心から感謝している

ずっと父と母の世話をしてくれて、父が亡くなってからは母に寄り添ってくれている

葬儀では表に出すぎず、ぐっと悲しみをこらえていた

 

そして本当に何十年も会っていなかった従兄姉たちや親戚ともいろいろ話すことができた

夫が、お父さんが皆を引き寄せてくれたんだね と言っていた

 

 

 

本当は四十九日が済むまで喪に服して、ブログやインスタは控えようと思っていた

 

でも、時間が経ってから今のこの気持ちを綴るより、ここで吐きだしてしまいたい思いの方が強かった

折しも、今日でこのブログを始めてから満10年が経過した

11年目に突入して、新たな気持ちでボチボチとまたブログを更新していきたいと思う

 

父さん、私は大丈夫! 私は元気!

 

皆のことを空から見守っていてね!

 

父さんに会いたくなったら、私の携帯の動画を見て、初音を吹いてみるからね

 

こっちは心配ないよ!

ゆっくり休んでね!

 

合掌

 

 

 

 

| 私事 | 15:51 | comments(6) | trackbacks(0) | pookmark |
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コメント
お父様のご冥福をお祈りいたします。

ミロさんの想いがひしひしと伝わって来ました。

我が母も血液検査の結果が芳しくなく別れの刻が近づいてるのが実感として迫っています。
(今後の推移でまだまだ長生き出来る可能性もありますが)
なので尚更、人ごとだとは思えなくて。。。

| おやきわだ | 2018/03/21 7:57 AM |
お父様のご冥福をお祈りいたします。
本当にいいご家族です。
お父様はお幸せでしたね。
目じりに涙があふれてしまいました・・・
合掌。
| kaopon | 2018/03/22 4:56 PM |
☆おやきわださん
ありがとうございます。
予想より早く逝ってしまった父に、まだ正直心からのお別れができていない状態です。
日を追うごとに哀しみが深くなるのでしょうね。。

お母さまとの時間をどうか大切にしてください!
長生きできる可能性を追い求めてください!
私も陰ながらお祈りしています。
| ミロ | 2018/03/22 5:33 PM |
☆kaoponさん
ありがとうございます。
覚悟はしていたものの、あっけなく逝ってしまいました。
もっといっぱい皆に迷惑をかけて手をかけて、もういいよ!って思わせてくれたらどんなに良かったか。。
でも、普通に考えたら大往生です!
やりたいことを思い切りやって、皆に慕われた父の人生は、おっしゃる通り幸せだったと思います。
私も父を誇りに思って、前を向いて生きていきます!!
また日々のブログ、インスタ、元気に綴りますね(^_-)-☆
| ミロ | 2018/03/22 5:40 PM |
お父さまのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

お気持ちを綴って下さり、
読ませて頂き、ありがとうございます。
私も震災の年、父をひとりで逝かせてしまい、
すごく悔やんでおりました。
家の夕食の支度に戻り、夜傍で付き添うつもりでしたが、
到着する前に逝ってしまいました。
その時の事思い出しました。

親思いのご家族の中で、
お父さまは、お幸せな時間を過ごされたと思います。

ミロさんが元気に過ごされることが、
何よりのお父様へのご供養になると思います。

私のところの裏山では、もうすぐ、
鶯が鳴く季節を迎えました。
| lily | 2018/03/28 1:55 PM |
☆lilyさん
ありがとうございます。
lilyさんもお父様とちょっと悔いの残るお別れを経験されていたのですね。
でも、こればかりはもうどうしようもないこと。。故人が一人で逝くことを決めて、天に召されたのだと考えることにしました。

私たちの年代は、最近、親とお別れする人が多いですよね。。
こんなに長く娘でいられたことに感謝しなければと思います

うぐいすの声、癒されますね♪
初音を吹いていたら、うぐいすさんもつられて鳴きださないかな(^_-)-☆

お互い、元気に過ごしましょう!
| ミロ | 2018/03/28 5:45 PM |
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