<< お盆休み☆2019 | main | 粛々と。。 >>
義母チエコさん☆安らかに!

8月の最後の日。。

 

約1ケ月の闘病生活の末、義母チエコさんが92歳の人生の幕を閉じた。。

あまりに早く、あっけない最期だった。。

 

利用していたデイサービスから、ちょっと熱があり、足元がふらついているという連絡を受け、お迎えに行きその足でかかりつけの病院に向かった。。

 

肺に水が溜まっていて肺炎の可能性があるので紹介状を書きます☆

ということで、大きな病院の緊急センターへ☆

 

たくさんの検査をして、経過観察ということでそのまま入院となった☆

 

その日の朝まで、お義姉さんの家で普通にご飯を食べて、冗談を言って、デイサービスに向かったチエコさん☆

そのまま帰ることもなく逝ってしまうなんて、誰もが予想もしていなかった!

 

肺炎の治療のための投薬をした☆

 

病室に行くと、起き上がって『早く家に帰りたい』と言った。。

薬が効いて熱が下がったら帰れるから、ご飯しっかり食べようね!と諭す

 

入院の翌日から、仕事を少しだけ早く切り上げ病院に行って、食事をさせて口腔ケア、薬を飲ませて就寝の準備をして、仕事を終えて病院に来る夫と3人での時間を過ごし帰宅。。というのが毎日の私の日課となった☆

 

折しも、実母も入院をしていて、南の端と北の端の病院を行ったり来たり。。なんて日もたびたびあって。。

かなりしんどい毎日が続いた。。

 

お盆前に、先生からのお話があるというので、夫と二人で病院へ。。

きっと、退院の話かな?なんてお気楽な気持ちで行ったら。。

 

 

通常の肺炎の治療がまったく効果を示しません

そこで、詳しい検査をするためにCTを撮りなおしたら。。

肺炎ではなく、肺癌がみつかりました

かなり進行していて、リンパにも転移が見られます

治療をするとしたら、年齢も考えるとかなり本人の身体に負担がかかると思います

今後のこと、ご家族はどのようにお考えでしょうか

 

 

そんな主旨の主治医からのお話だった。。

 

夫も私も驚いて、しばらく返答できなかった

 

でも、夫が『本人が辛い治療は望みません 治る可能性がないのなら、静かに逝かせてあげたいです』と気丈に答えた☆

 

そして、辛い辛い命の期限を聞くことに。。

 

まさか!? 元気とは言えないけど、そんなに早く亡くなるようにはとても見えない!

というのが正直な感想。。

 

今後のこと。。

 

自宅に連れて帰り、在宅看護をしながら看取る

緩和(終末)ケアの病院に転院させる

 

悩んだ末、私たちは後者を選択した!

 

本人は自宅に帰りたいだろうけど、付きっ切りで面倒を見ることは不可能だし、お義姉さんもご主人の看護をしているので、お願いすることはできない

何より、自宅だと緊急の場合の措置ができない!

 

ソーシャルワーカーさんと話し合いを重ね、終末ケア専門の病院に転院する手続きを始めることに。。

転院先の病院との家族面談も行った。。

 

でも、そうこうしているうちに、チエコさんの容体が日に日に悪くなっていった!

 

先生のお話によると、右肺に水がかなり溜まって、呼吸が困難になっているとのこと。。

酸素マスクがつけられて、ゼロゼロと呼吸が苦しそう。。

 

それでも、みんながお見舞いに行くと、気丈な一面も見せていた

 

『苦しい?』の問いかけには、いつも『大丈夫』と答える

食事も亡くなる4日前まで何とか食べていた☆

 

一口おかゆを食べると。『もういい!』というのだけど、励ましながらもう一口、もう一口と。。

高カロリーのゼリーは比較的よく食べてくれた

 

でも。。

無理に食べさせなくてもよかったのかも。。と後になって考えた

食べることも本人にとっては辛いことだったんだろうなって

 

朦朧としていく意識の中、もう話すこともままならなくても、

『チエコさん、私誰だかわかる?』と聞くと。『ミロちゃん』といつも通りの呼び方で答えてくれた。。

 

チエコさんの孫の中で一番上のCちゃんには、介護の仕事をしていることもあって、いろいろ適切なアドバイスをしてもらえて本当に感謝している☆

 

食事が全くできなくなったとき、大好きだったコーヒーをスポンジに吸わせ、口に含ませてあげた

わかる?大好きなコーヒーだよ!っていうと、小さく頷いた☆

 

日増しに荒くなる呼吸

もう問いかけに応えることもなくなってしまった

 

こんなに急激に悪くなるものなのか?

 

夫が夜付き添うために、4人部屋から個室に移してもらったのが亡くなる前日

 

翌朝、『もうだめかもしれないから急いで病院に来て!』と夫から連絡が‼

 

私が駆けつけたときは、顎が上がり辛そうな荒い呼吸を繰り返し、夫が枕元で『もうすぐみんな来るから、がんばれ!逝くな!』と励まし続けていた。。

 

孫たちが集まり、お義兄さんの元を離れられないお義姉さんも、家族で協力してなんとか病院に駆けつけることができた

 

そしてみんなに見守られ、最後に大きく息をしてチエコさんは逝った。。

 

 

実父は誰にも看取られることがなかった。。

苦しむ姿を見せずに亡くなったのが父の最後の誇りか?なんて思っていたけど、今回のことでそれは大きな間違いだったと気づいた!

 

みんなに最期をしっかり見届けてもらえて、チエコさんは幸せだったと思う

ひ孫たちの中で一番大きいリクも、大ばばの最期に立ち会った

4年生という、いろいろなことが分かってきた時期の体験は衝撃的だったと思うけれど、しっかりお別れができてよかったと言っていた☆

 

 

こんなに急に病気が悪化するものか?と最初は思ったけれど、実はずっと前からたぶんチエコさんの身体の中で病魔は暴れていたのだと思う。。

 

要介護2 もう10年以上認知症を患っていた義母

晩年は、何をすることもなくただただ椅子に座り、ぼぉ〜っと過ぎしていた日々

骨折した時もその痛みを訴えることがなく、家族が異様に腫れた腕を見て初めて気づくくらい、自分の身体の変化に気づかなくなってしまっていた

 

食事もしていたし、2階の自分の部屋の階段も上がり降りしていた(介助はしてたけど)

 

私たち家族も、本人が不調を訴えないので、元気なものだとばかり思っていた。。

 

でも、もしもっと早く本人が具合が悪いと言っていたら、家で過ごす普通の生活が絶たれていたと思う

 

いつも比較してしまっていた義母と実母(今は退院して実家にいる)

 

実母は認知がなく、その分いろいろなことがわかりすぎていて、悩むことも多く痛みも訴える

 

義母、チエコさんは、悩むこともないし、実の妹や弟が亡くなっても悲しみも一時だけ、数分ですべて忘れてしまう

でも、穏やかなボケで、騒ぐことも怒ることもなく、ありがとうありがとうといつも感謝していた☆

 

たぶん死の恐怖もないまま旅立っていったと思う。。

 

どちらがいいのかと考えても、自分で選択することはできない!

 

運命に任せたまま、自分の人生を生きるしかないのかもしれない

 

 

チエコさんの葬儀は盛大に行われた

 

夫の関係もあって、本当にたくさんの方がお別れに訪れてくれた

 

喪主の夫は本当に頑張っていた

通夜のあいさつで号泣してしまい、みんなの涙を誘った

 

毎日が大変で大変で、数日間の記憶がないくらいだ

 

様々な後始末を二人で着々とこなし、緊張の糸がほどけてきたとき。。

風邪をひいてしまった

 

ようやく1ケ月が経とうとして、落ち着きを取り戻して来たら、たとえようのない淋しさに襲われた!

 

普段、ご飯を炊かない我が家だけど、朝、1合の米を炊き、お義母さんに備え、残りを夫と二人で朝ご飯に食べている

 

義母チエコさんの最期を記しておきたくて、久しぶりにブログを更新した☆

 

本当は思い出話なんかも書きたかったのだけど、タイムアップなので、また少しずつ書いていけたらと思う

 

 

チエコさん、お疲れさまでした!

本当にありがとう!

 

合掌

 

 

 

 

| 思うこと | 13:41 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
スポンサーサイト
| - | 13:41 | - | - | pookmark |
コメント
御義母様のご冥福を心よりお祈りいたします。

残された方々の寂しさが胸につまります。
私もほぼ一年前に経験しましたから。
改めてその時の気持ちを思いだしている所です。

予想もしない別れって切なさ過ぎますよね。
何気ない日常から一転する環境に体力も気力も失われていって。

ご主人のショックも如何ばかりかと思いますがお二人で悲しみから立ち上がってくださいね。
私はその辺、独りぼっちなので中々切なかったりしますが(汗)
| おやきわだ | 2019/09/29 8:12 AM |
☆おやきわださん
いつも温かいコメントをありがとうございます!

今日でちょうど1ケ月が経ちました。
目の回るような忙しい時間で、ようやく落ち着いて淋しさに襲われているところです。
毎朝、夫がお線香をあげてお参りをする後ろ姿を見て、強がっているけれど内心かなりショックを受けているのだと思います。
私も実父の時より、一緒に生活していた分、喪失感が半端ないです。。

でも、闘病生活からお葬式まで、夫と二人でできる限りのことをしたという思いはあります。
思い上がりかもしれませんが。。

お別れの時間をくれた義母に感謝しています。

いずれにしてもお別れは悲しいものですね!
わださんもファイトです!
| ミロ | 2019/09/30 5:20 PM |
このたびはご愁傷様でございました。
更新がなかったので、もしや・・・と思っていたところです。
こんなときどんな言葉をおかけしたらいいのか、色々あった人生、思い出もたくさんあったことでしょう。
同居されてたのですからなおさらのことと心中お察しいたします。
今は寂しいときと思いますが、残った家族が元気で暮らすことが一番の親孝行だと思いますので、どうか元気を出してくださいね。
ミロさんもお疲れ様でした・・・
| kaopon | 2019/10/02 12:22 PM |
☆kaoponさん
ありがとうございますm(__)m

今回は人の命が絶える瞬間に立ち会いました☆
この世に生を受けて、長い年月生きてきた義母の最期を看取ることができてよかったと思っています。

一緒に暮らしたのは嫁いでから半分の時間ですが、やっぱり思い出はたくさんあります。
不思議なもので、良いことしか思い出さないのです。。
特に認知が進んでからは子供みたいでした☆

お年寄りというのは、昨日まで元気だったのに。。ということがよくあります。
実感しました。

今は毎日お線香が薫る家の中で、夫と静かに暮らしています。
四十九日が過ぎたら、少しずつ以前の生活に戻せたら。。と思っています。

いつもお気遣いいただいて、本当にありがとうございます!




| ミロ | 2019/10/03 5:54 PM |
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック機能は終了しました。
トラックバック

CALENDAR

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< July 2020 >>

PROFILE

SELECTED ENTRIES

CATEGORIES

ARCHIVES

RECENT COMMENT

RECENT TRACKBACK

Live Moon

SEARCH

SPONSORED LINKS

    無料ブログ作成サービス JUGEM